めちゃくちゃかっこよく&めちゃくちゃ気取った言い方だと「製造最高責任者」をしております。
噛み砕いて、わかりやすく言うとただの「自由人」です。
よろしくお願いいたします。
管理人の翔太とは!?
ざっくりと紹介させていただきます。
- 17歳〜 バンド活動開始
- 22歳〜 ギターの製作、塗装のお仕事を開始
- 26歳〜 家具の製作、塗装のお仕事を開始
- 30歳〜 独立。自主ブランドを立ち上げ
- 〜 現在に至る
こんな経歴を持っております。
バンド活動に熱中した日々
中学高校時代にバンドをやっており、ギター、ベースはすごく身近な存在でした。
もともとルーツを探ったり、歴史や、雑学を調べるのが好きで、演奏者ではなく製作者としての道を歩むことを決意します。
もともと岐阜県の大垣市という場所で生まれ、育ったのですが、ギター製作のために長野県に移住し、5年ほど勉強させていただきました。
貧乏ながら、無理してセドリックワゴンという燃費の悪い車に乗っていたので、趣味はドライブでした。
住んでいる家は壁がめちゃくちゃ薄く、隣の方が座る際に口走る「よっこらしょ」まで共有していました。
おそらく「ただいま〜」と言ったら隣から「おかえり〜」と返ってくるほどの距離感です。
お金がないのでギター製作のお仕事をしながら焼肉屋でバイトもしました。
かなり痩せていったのでギター屋の親方に「大丈夫か?」と心配されるほどでしたが…若い私はむしろギラギラしていました。
仕事で貴重な経験
そんなギラギラが認められたのか、いつも電話でやりとりする得意先様から、かなり有名なベーシストの塗装の依頼を受け、ニヤニヤしながら研磨したのを覚えています。
今でも私が手を加えたベースがミュージックビデオに出てくるのをたまにチラッと見てはニヤッとしています。
初めて100万円を超えるアコースティックギターの製作に携わった際は平気な顔をしつつ震えておりました。
有名ベーシストや、100万円を超えるギターに携わることができたり、かなりいい経験を積ませていただきました。
ただ、当時はとにかく質の高いお仕事を目指し、それをこなすのに必死でした。
この頃は「塗装」というお仕事に軸足があり、塗装に対する経験や、見地をかなり深めていました。
最初にぶつかった壁が「デザイン」の壁です。
デザインは本当に難しいと思います。
今学校に行けるとしたら、デザインの学校を真っ先に選びます。
知人にフライングVという名前のギターをプレゼントするために全体の色、パーツ、細かい部分の決め事を組み立てていくのは難しかったのを覚えています。
そして相手のことを考えつつも、自分の好みが確実に織り混ぜられているのを製作後に初めて気づき、「デザインは主観より、企画自体に寄り添うことが大切なんだなぁ」と思い知ることができた最初の瞬間でした。
今思えば、そんな経験を生かし、言われたことをやるだけの作業員から、しっかりと物を全体で捉え、自分自身の主張と物のバランスをとることをこの頃から少しづつ始めていたような、そんな気がします。
決心して地元に戻る
焼肉屋のバイトで100万円近くを貯金することに成功しました。
私は地元に戻り木工の仕事をするのを決意したのであります。
ギター製作の仕事を経験したのち、地元に戻ってきた私。次も木工系の仕事を探していました。
初めての転職活動
人生初めての転職です。
雇ってもらえるのか…不安ばかりが先行しておりました。
不安と期待を胸にハローワークへ。
一通りの説明を受け、仕事を探してみます。
なぜかちょうど家具工場の求人募集が出ていました。
早速、職員のお姉さんに手続きをしてもらいます。
「決断早すぎ」と言われました(笑)
面接等もスムーズにいき、晴れて雇ってもらえることができました。
これは今でも運命的なものがあったと思います。
ハローワーク経由で再就職をすぐに決定したので、早期再就職手当というお金をお国からいただくことができました。
地元で働く
地元愛が強く、長男という事情もあり地元で改めて自分が活躍できる場を求め、その結果家具屋さんに再就職いたしいました。
さて地元にて再就職に成功した私は家具製作の経験を積みます。
家具はとにかく部材がでかいです。
ギター、ベースは言っても片手で持てるほどの大きさしかありません。
家具は1つのパーツが大きいもので4メートルほどあります。
以前の塗装、製作の過程とは全く勝手が違います。
塗装場の中で走り回りながら塗装しておりました。
そして1つの案件に対してこなす枚数が桁違いです。
家具製作用の板1000枚を1週間以内に仕上げるこんな感じのお仕事がバンバン入ってきます。
「やればできる」となんの根拠もなく当時の親方に頼まれ、今となっては特に驚きもしないのですが、最初図面を渡された時には血も涙もないなと真剣に思いました。
しかし、人間慣れるものです。
いつの間にか「あいよ〜」みたいな雰囲気でできるようになり、大きな現場(病院や学校)に送る部材も一人でこなしていた自分が怖いです(笑)
要するに大量生産のお仕事をこなす仕事についたということですが、これもまた私に取っては良い経験になりました。
製造という仕事をすることにおいて、いかに簡略化して、クオリティを保つかこれを考えずに作業を進めることはとても危険です。
会社としてもですが、一個人の精神衛生として、さらには作業スペースの健全化など。
効率よく作業を進めることが、いかに様々な要素をクリアにしてくれるかをかなり学ばせていただきました。
突然思う
そんな中、忙しいとはいえ「あれ、今日俺この会社に必要?」というほど暇な時もありました。
帰ろうかとも思いましたが、別の部署での知識を盗んでやろうと思い、いろんな部署に行き手伝いをさせていただきました。
その頃会社の備品としてではなく実費でインパクトドライバーを購入しました。
今思えば、このインパクトドライバー購入が始めて自分のために購入した道具だったと思います。
家具のお仕事はざっくりと
- 木取り
- 部材の寸法カット
- 部材仕上げ(プレス等)
- NC加工
- 塗装
- 組み立て
このような手順に分けられます。
技術以外の重要なことに気が付く
暇を見つけては手伝いをしていたのですが、特に人員が必要なプレスやNC加工のお仕事をさせていただいておりました。
ここでも貴重な経験を積ませていただきましたが、特にチームでの声の掛け合いの大切さをじっくり学んだ気がしています。
同じスペースで仕事することにおいて、声の掛け合いは本当に大切です。
思いがけず、同じパーツを製作してしまった日には本当に声にならない叫びを上げたくなるものです。
本当に単純で、簡単なことなのですが、製作する部材の量が尋常ではないため、この単純なことが疎かになると、それが恐ろしい量のミスにつながるのです。
今思い出しただけでも嫌になります。
何度深夜残業したことか。
もともと私のいる部署じゃないんですけどね(笑)
何回もお邪魔してるといつの間にか人数の一人としてカウントされ始めるのです。
その根本的に大事なことは今に至っても同じです。
さらに仕事、家庭、遊び、全てにおいて大切なコミュニケーションを疎かにしてはいけないという考え方を叩き込まれた気がしております。
そんな経験を他の部署では積ませていただきました。「当たり前」が難しくて、一番大切なのです。
始めて塗装したインパクトドライバー
家具のお仕事をメインでしつつ、知り合いの倉庫を借りて塗装をし始めました。
完全に遊びです(笑)
まずはインパクトドライバーをどうにかカスタムできないかと思い、インパクトドライバーを迷彩に塗装することを始めました。
この時初めて迷彩柄に出会い、自分でやってみようと思ったのです。
ちなみに、この時始めて塗装した迷彩インパクトドライバーは現在も使っております。
初めてにしては良い仕上がりだと思います。
しばらく自慢していろんな人に見てもらいました(笑)
カモフラ柄といえば、「どこの軍隊の、何年代のカモフラで〜」ということも大切な要因だと思います。
その辺りへのこだわりはなく、とにかくオリジナルカモフラで仕上げました。
このカモフラを成功させるために、エアブラシという塗料を細かく吹き付けることができる道具も購入。
そして、私の全ての根本にあるのは「今までの経験を生かし、私ができることを精一杯やってみよう。」
この考え方です。
それが始めて形になり、本当に嬉しかったのを覚えています。
色々なものをカモフラ化
それからしばらくいろんなものをカモフラ化するのにしばらくハマりました。
- エアガン
- 趣味のボルダリング用シューズ
- ボルダリングのパーツ
- 車のエンブレム
- 電子マネー
うまくいったかどうかは別として、全て楽しかったです。
夢を現実に。独立することを決意。
ギター職人と家具職人の仕事で得た経験。
仕事以外はほとんどの時間を自分の事業(夢)のために費やしていました。
自信を持ってお客様に「商品」を提供できるレベルに達したと思った私は長年の夢であった「独立」をすることを決意しました。
いつかは独立したいとずっと思っていました。
いつかは起業して、自分の力でやっていこう!と考えることはないでしょうか。
私はやりたいことを見つけ、紆余曲折ありましたが独立することができました。
現在は自分のファッションブランドを立ち上げて、販売等しております。
独立前に考えたこと
自分のブランドを立ち上げて、商品も完成したけれど、どこで売ろう…。
10年以上前の私です。
今の時代…真っ先に浮かぶのは「オンラインショップ」ですよね。
楽天、Yahoo、アマゾン、自社ECサイト…。
パソコンのことはよくわからない。数社に見積もりだ!
見積もり後…
思ってたより高い!
必要経費は極力少なくしたいものです。
見積もりを出して思ったのが、見積額の「差」です。
30万円で請け負うところもあれば、150万円で請け負うところもありました。
これは困った…。
そこでIT関係に強い友人に相談してみました。
彼とは小学生からの付き合いで、今でも色々とアドバイスをもらっています。
すぐに必要でないのであれば、自分で作るのが一番良いとのこと。
幸いなことにすぐ独立するわけではない。時間ならあるからこれから自分で勉強しよう。どうしてもわからないことがあったら友人に聞けば解決できるはず。
ITスキルはないよりあったほうが良いと思ってからは、ずっと勉強を続けています。